2004年06月14日

どうして人を殺してはいけないか?

今日は朝から学校のネットワークが動きません。大学関係は妙にインフラが整っている割には,不調なときが多いというのは日本と同じです。日曜の朝からずっと,仕事ばかりしているのも気が滅入るので,日記でも書いています。

最近,ネット上で「どうして人を殺してはいけないか?」という話題を良く見かけます。これについて考えたことなど。

先の疑問文の答えとしてまっさきに思いつくのは,「法律で禁じられているから」。この方向をとると,問題は「法律で禁じられているのか?」というものに置き換わります。そして法律で禁じられていない殺人もある。地域や時代によっても違うけれど,いまならば戦争と堕胎などですかね。警察官の職務上,というのもありますが。この方向で考えていくとしたら,まずはこの例外を解決しなければならない。(しかし,戦争というのを規定しているのは,どんな法律だろう。国際法?)

もうひとつ思いつく答えとしては,「殺された人の関係者(家族)などが悲しむ。自分がされていやなことは,他人にしてはいけない」という相互的なもの。この場合も上で言う戦争などの問題は解決されていない。もちろん,「戦争というのは本当は悪いことなんだ(現状が間違っている)」ということは可能です。この場合は,法律を説明原理として使っているわけではないので,その法律自体の妥当性を問うことが可能になります。しかしこの答えだって不十分なもので,「なぜ食べるために動物を殺してもいいの?」というような疑問に答えることが必要になってきます。

上にあげた非常に「純真な」答えというのは,それ自体では説明しきれない部分もあるけれど,この問題を考える上のスタート地点としては悪くない。「どうして人を殺してはいけないか?」という問題に答えるために,「人を殺すことが容認されている場合がある」現状や,「人間以外なら(必要に応じて)殺しても良い」というこれはおそらく普遍的な原則などを説明する必要なわけです。ちなみに,後者に関しては動物愛護の人とかからみたらある種の異論はあるかもしれないけど,ライオンだって必要に応じてシマウマを殺すわけです。


とここまで書いて,長くなったのでいったん放置。続きはあるやらないやら。これから仕事にもどります。
2004/06/13 (Sun.) 11:02:33

Yuugata ni natte mo, network ga kaifuku shinai node, gakkou no pasokon kara koushin shite mimasi. Umaku dekiru ka na?
posted by mm at 05:13| 静岡 ????| Comment(4) | TrackBack(2) | ちょっと考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうして人を殺してはいけないか。
この質問が出てくることがおかしい、といったコメンテーターがいました。
紆余曲折を経て神父になった在日の人の本も紹介されていました。
いろんなことを、ちゃんと一人一人が考えるべき時代のようですね。
Posted by j-tenten at 2004年06月14日 20:25
以前NHKの番組でそのような話題をテーマにした討論会があった。その討論をする子達がみんな10代であった。大人の参加者として武田鉄也さんが出演していた。
それで結果としては、ちゃんとした回答は出ないまま終わった。普通単純に考えれば、殺すことは”いけないこと”の一言ですむはずなのに。10代の子供たちはもっと深い闇の中まで話を進めていた。理性と、欲望の狭間でなにをすればいいのか?何をしてはいけないのか?正直すぎるほど聞いてて怖かった。
鉄也さんが言ったセリフの中で印象に残ったのが「憎しみを込めて人を殺すと、その場ではその人との縁は断ち切れるように見えるが、実は殺した、殺された縁で今まで以上に深く、強く、太く、結ばれる。それが人を殺めた道理だと。」
でも、このテーマを真剣に話し合わなくなった時こそが、もしかしたら、本当の世紀末なのかもしれない。生死、生きる。死ぬ。殺す怖さを知るには、殺す意味を知らなくてはならない気がする。
初めて書き込むのに、生意気いいましてごめんなさい。
Posted by ネコ at 2004年06月15日 18:12
ネコさん,コメントどうもありがとうございます。いまは学校ではこういう問題はどういうふうに教えているんでしょうね。日記のほうでも書きましたが,イタリアなどでは宗教教育の時間がいまでもあります。イタリアはいまでは世俗国家ですが,たとえば「なぜ人を殺してはいけないか」というような問題には宗教を使って答えることが多いような気がします。日本では特定の宗教を信仰している人の割合は少ない,ということを説明したときに,じゃあ善悪というのはどういうふうに教えるの?と聞かれたことがあります。
これからもどうぞよろしくお願いします。
Posted by わたし at 2004年06月16日 05:01
最近、このような倫理的、道徳的な問題や疑問が若い世代に多くなってきたようです。これらの問いに対する明確な答えなど存在するのでしょうか?これらは環境や個人の意見に依存し、どちらかというと世間に対する問いかけでなく、自分の内側に対する自問自答のように思えてなりません。周囲がどれだけ諭したところで答えを出すのは自分なのですから。また、これに対していろいろと規制がなされたりしていますがあまり意味のあることに思えません。逆に隠すことによって「怖いもの見たさ」が出てくるのではないでしょうか。それに、最近はプライバシーやセクハラという言葉を若い世代が多用し、それに伴い、大人が子供に強く接することが難しくなってきました。しかし逆に、家庭では暴力を振るう未成熟な親も増えてきたようです。そして、幼少の頃から勉強させて名門校に行かせたいから、感染症が怖いから、家庭内ゲームの方が面白いからと外で遊ぶ子供が減ってきました。外で遊び、虫と(で)遊び、そして時には殺めてしまう。これは命を学ぶことではないでしょうか?失われた命は戻らないことを、身をもって知る行為ではないでしょうか?こんな今に育つ彼らの内面は、とても不安定であるように思えます。そもそも「何が、どんな環境がこの問題を生むのか」。それを世間が考え、理解しなければならないときが来たのではないでしょうか。
Posted by 塵 at 2005年11月08日 06:46
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