2004年06月29日

おもいついたこと

また突然ですが,「ブログは遠距離恋愛を危うくする」という命題を思いつきました。一般論ですのでそのつもりで。なんだかこれだけ書いただけで,恥ずかしくなってきたので,続きは追記にしよう。

河水風文さんの「正しいことをしたければ・・・/男であること・女であること」の記事にトラックバックさせていただきました。


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2004年06月28日

no title

朝目がさめてベッドでごろごろしているのは気持ちいい。
夜寝る前に眠れないままベッドに横になっているのは不安になる。
posted by mm at 18:27| 静岡 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仮説間の整合性

突然ですが,歴史というのはある意味とても妥協的な学問です。えーっと,しょっぱなから語弊をまねきそうなんですが,私はそうとらえているということで。業界(どんな世界だ)の一般的な意見とかではありません。

たいていの学問というわれているものにはつきものなのだろうけど,特に歴史関係のものに関して顕著なのは「ある命題を証明するための証拠はすでに失われていて,決して確実な答えは得ることができない」かもしれないという,なんていうか非常に達観した前提です。たとえば,私のやっているようなこと,ある絵が何年に制作されたかというのは,はっきりいって「わかることもあるし,わからないこともある」。たとえば,教会に保存されている古い支払い文書なんかに目を通して,たまたま運が良く,ある絵に関する支払いが記録されていたりしたら,もしかしたらある絵が制作された年がわかるかもしれない。しかしまぁ,実際はそういった文書は失われてしまっていて,わからないことのほうが多いわけです。

じゃあそういう非常に悲観的な状況のなか,どうやって前に進んでいくかというのが問題になるのだけど,このあたりが非常に妥協的だなとおもうところです。まずはある事象を説明するために,ある仮説を立てる。別の事項を説明するために,別の仮説をたてる。また別のものを説明するために,別の仮説をたてる。この作業をずっと繰り返していって,できるだけ多くのことを矛盾なく説明できるような仮説の体系を築いていきます。しかし実際にはそんなにうまくいくことはなくって,どこかで個々の仮説の間に矛盾がでたりして,その体系がうまく機能しなくなてしまう。

どうしてそうなるのか,というのは簡単で,仮説というのにはどこかに間違いが含まれているからです。そうしたら既存の体系に組み込まれた無数の仮説の一部をいじってあげて,全体の矛盾が少しでも軽減するようにつくりかえてあげる。

なんだか抽象的な話になってしまったので,ひとつ例をだしましょう。たとえばある絵の右下の隅に「1602」という数字が描かれていたとします。まぁたとえば,手始めにこの数字を「作品が制作された年」だとする仮説を立ててみましょう。絵を見ないでこの話だけを聞けば,まぁこれがもっともな解釈です。「非常に信頼性の高い」仮説だと言ってもいいでしょう。じゃあその数字が書き込まれた絵が,この絵だったとしたらどうですか?(実際には書かれていませんよ。絵の作者はこの人です)こうなると話が変わってきます。この絵が1602年に制作された,という仮説は無数にある他の仮説と矛盾するのです。17世紀の初頭に,もしこういった画風で描かれた風景画が存在したとすれば,それはもうとてもスキャンダラスで,いままでこの学問が築いてきた全ての仮説体系を一から見直さなければなりません。もちろん,そういう可能性だってまったくないとは言えない。しかしそうするよりも,問題の数字に関して別の仮説を立ててあげたほうが,全体を無理なく説明できる。たとえば,「この数字は2月16日を意味している(ある種の地域では日付を先に書きます)」だとか,「この数字は画家が書き込んだものではなく,あとから第三者が捏造したもの」だとか,あとは「『1902』という数字の書き損じで『1602』となった」とかのほうが,(どれもところどころに不自然なところがありますが)全体としての仮説の体系を矛盾のより少ないものに保つことができるわけです。

   * くりかえしますけど,上の話は全部てきとうにでっちあげたものです。まぁ,この種の話自体はよくありますけど。

もうちょっと卑近な例をだしましょう。今日は何曜日ですか?いまはこちらは,0時41分なので,月曜日になって少したったところですね。一応パソコンの時計にもそう表示されています。でもどうして火曜日じゃないんですか?もしかしたらパソコンの時計は狂っているかもしれないし,日めくりのカレンダーは一日間違えてめくってしまったのかもしれないし,昨日の朝刊の日付だって誤植だったのかもしれない。しかしまぁ,そういうふうに考えるよりは,「火曜日だと思っていたのは自分の勘違いで,本当は月曜日だった」という仮説をたてるほうが,全体を無理なく説明できるわけです。

とくになにを言いたいというわけでもないけれど,まぁなんとなく書いてみました。こんなことはなんていうか,もう言い古されていて目新しいことなんてないと思いますが。しかし一時期はやっていた,「だから唯一の正解だなんてないのだから,適当なことを華々しく言っておけ」みたいな風潮が最近やっと下火になってきたのは(そうじゃないかもしれませんが,そうなっていることを願います)なんていうか個人的には住みよい世界になってきたなと。○ル○チャ○○・ス○○ィ○ズとか結構鬼門な人間なのです(いつもより伏字がサービスです)。えっと,全部が全部そうだというわけじゃないんですが,他の仮説との整合性とを考えずに,閉じた環境のなかでのひたすらに美しい仮説の構築のみを目指すとかって,なかなかそこまで達観することはできません。もっとなんていうか,いろいろなものが絡み合った非常にどろどろとした世界が好みなのです。
2004/06/28 (Mon.) 00:46:27
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2004年06月24日

きんきょうきんよう

先日Webブラウザを FireFox 0.8から0.9へとアップデートして以来,Seesaaのマイブログにログインできません。Internet Explore を使えば問題ないので,緊急に困っているというわけではありませんが,このためだけにブラウザをふたつ使うというのも不便。なんだか更新する意欲がなえてしまったりもします。思い立ったらすぐに更新,というのができないと Blog の魅力も半減ですが,これはブラウザの問題なのかサイトの問題なのかわからないので,とりあえずしらばくは解決しないでしょうか。

バージョンアップした FireFox ですが,目新しく変わったところは(標準のボタンのデザイン以外は)あまりないですが,動作はちょっと安定したように思えます。Netscape 3 がいままでで最良のブラウザだと思っている口なので(ふるい話ですいません。The Sunさんとかには「昔話」の世界でしょうか),こういう方向のバージョンアップは大歓迎です。あとは Javascript の解釈で間違っていたところも微妙に改善されていたりします。

さすがに一時(かな)帰国まであと1月ほどになって,もうめちゃくちゃいそがしいです。時間がたりないぞ。いそがしい,なんて平気で書けるのは匿名のブログでくらいのものですけど。例の翻訳希望なアーカ○ブなおじさんは,日本の出版社のあてはなくって,紹介してくれとかいってきた。どこまでコミットしたものやら,と思っているところです。まぁやるとすれば,日本に帰っている間くらいしか暇はないんで,そのリミットが切れたらこの話はおしゃかか,よくて次のクリスマス休暇まで持ち越し。イタリア語の文章を書くときにはいろいろな人にお世話になっているので,翻訳とかで逆に誰かの役にたてるときはそうしたい気持ちもあるのですが。しかしまだ帰りの便の日付を確定していなくって,これはそろそろやっとかないと帰れなくなってしまう。ちなみに帰ったら,河水風文さんの研究室におしかけて,そのままラチッて駅前のインドカレー(まだつぶれてなかったら)の奥のカウンター席に連れ込みます(お忙しいようだったらランチのセットにしましょうね,と有無をいわせず)。そして実家に帰ったときには,もちろんj-tentenさんをデートに誘おう計画です。シズテツにのってシン○ズオカからビジュツカンマエまでおでかけ,というゴールデンコースです(ローカルねた)。
2004/06/23 (Wed.) 23:54:15
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2004年06月21日

夕食の前

部屋から出たら中世でした。
中世行列1

ちらっとね。
中世行列2

がんつけあってます。ひゅーひゅー。
中世行列3

中世から続くお祭りで,街を四分割にしてそれぞれの地区で行列を作ります。別の街の行列とあうと,親分同士がガンをつけあう,というのがお約束みたいです。クライマックスは,その昔は街のちょうど真ん中の橋で石を投げ合うという死人が普通に出る過激なものだったらしいですが,今はおとなしくなっているということで想像のなかだけで遠慮して,ご飯をたべにいきました。
2004/06/20 (Sun.) 22:50:34
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2004年06月20日

有名な絵

例の本ですが,もう一度ちゃんと読んでみました。この人(かもしれない)について書かれた本ですが,まぁ昨今のあんましよくない風潮に反して,ちょんと文書調査を自分で一からやったうえで,それでも分からないことはちゃんと分からないといっているあたりは好感がもてます。そんなのあたりまえかと思うんですがわりとそうでもないんですよね。つい最近(別の絵ですが)に出された論文に関して,隣の大学のセンセが批判しているんですが,その文章が
著者は文書の解釈に独断的な主張を付け加え,あたかもそれが「事実」であるかのように思い込ませようとしている。
みたいな辛口な言葉も出てくるぐらいで,まぁあれです。そういうのとは無関係なのは,わりと好感が持てるところです。しかし,このあたりのことを書くときはどうも言葉があいまいです。

しかし読んでいて,この本の内容と関係なくふと思ったのは,この絵がいまのように有名なのは,20世紀の始め頃にあった盗難事件が結構関係あるんじゃないかな。日本でどれくらい知られているかわからないけど,一度盗まれて数年間行方不明になっています。それでフィレ○ツェにあるこれもまた有名な美術館に持ち込まれて,そこでちょっと展示された後(というのもまた悠長な話だ),ぶじおフランスにもどりましたとさ。ダ×ダだとかシュー○レアリ○ムという文脈で取り上げられたのも,ちょうどこのあとくらいだし,やっぱりこの事件が関係しているんだろうな。同時代に生きていたわけではないし,このあたりのことを調べているわけでもないけど,新聞とかでは大きく取り上げられて,一般への露出も一気に高まっただろうし。

あとはここまで有名になったのはフランスという国の文化政策ですかね。あの国,美術関係をもりたてるためにすごい金を投下してますからね。ナショナリズムのごんげっす。
2004/06/20 (Sun.) 11:47:57
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2004年06月18日

ほんやくばなし

うけとった例の本だけど,ひまな時間をみつけてざっと一通り読んでみた。うーん,びみょー。肯定的な面としては,「だれにもケンカをうっていない」ということでしょうか。あは。これを翻訳したからといって,面倒なことにまきこまれるということはなさそうです。なんだかわかりにくい話で申し訳ありません。まぁたぶん,世界で一番有名な絵のモデルになった(かもしれない)女性に関して,いろいろ古文書をひっくりかえして,家庭の事情だとか結婚生活がどうだったかとかいうことを詳細に調べているんですが(この部分はまじめな研究をするうえでも,わりと役にたつと思います),絵そのものに関しては非常にトラディショナルな学説を踏襲しているだけで,特にスキャンダラスなことは書かれていないということです。いやはや。週明けにでも電話をしなくっちゃ。日本での出版社がきまっているとかだったら,受けてもよいかな,という気になっております。日本語で翻訳がでるとしたら,「世界で一番有名な女性の一生」とかいう副題がついちゃうんでしょうか。どきどき。しかしはたしてこんな本が売れるのだろうか。学術関係の翻訳はボランティアというのが相場なので,売れても売れなくても関係ないんですが。小部数の出版かとおもってあなどっていたら,イタリアの大手のオンライン書店でもあつかわれる。たしかに Polistamp. といえば美術関係の柔らかめの本をあつかうなかでは大手だもんな。
2004/06/18 (Fri.) 11:43:11
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2004年06月17日

はなびー

寝て起きたら地元の聖人のお祭りでお休みです。今日はその前夜祭で,花火を見に行ったりしてきました。ひさしぶりのよあそびー。写真もとってきました。これからシャワーをあびたらおやすみです。

はなび1
しっとりはなび

はなび2
はではではなび

はなび3
どどーん
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2004年06月16日

にほんごほんやくー

イタリア語のあまり厚くない本を郵便で受け取りました。著者謹呈というやつです。実はこの本に関しては,日本語の翻訳を手伝ってくれないかというふうに微妙なオファーを受けていて,どうしたものかと思っているところです。電話でちょっと話したのだけど,著者のおじさんはフランス語版実現にも向けてちゃくちゃくと動いているみたいです。本には軽く目を通したのだけど,日本語版が売れるかどうかは別として,個人的にはそこそこにおもしろそうではある。そしてまぁ,古文書を使ってばかりのかなり特殊な内容なので,日本語訳をできる人間というのも限られているだろう(っていうか,知り合いになったのはフィレ○ツェの文書館だし)。ので,この夏に2月日本に帰っている間にでも,翻訳自体をやることはやぶさかではないのだけど,出版社とかはどうなっているのかな。なんだか日本人の教授でそういうことの面倒を見てくれるような知り合いがいるみたいな口ぶりだったけど(しかし苗字だけをイタリア語で言われても特定できん)。むしろ気になるのはそっちのほうです。うーん。その人が監訳でもやるんかいな。2,3日のうちにとりあえず,受け取ったというお礼はいわなきゃならないけど,そのときにでも決断をせまられそうだ。
2004/06/16 (Wed.) 11:26:31
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2004年06月15日

no-title

どうして人を殺してはいけないか,という疑問がでてくることは(変な言い方ですが)歓迎すべきことでしょうね。社会的常識として暗黙の了解として認められていたことを問い直すことができる,というのは自分の属するもの自体を客体化して捕らえられるという能力のひとつです。

「この質問が出てくることがおかしい」というのはいまいち前近代的な支配者意識(とそれに支配されている側の被支配者意識)の名残で,それはそれで社会秩序の維持なんかには便利かもしれないんですが,それをさも絶対的価値観として捉えるのって,「王様の権力は神様からさずかったものだから,それは絶対なんだ」といってるのと次元としてはあまりかわらない(しかし,近代以前でもこの概念はたびたび議論の対象となっている。このあたりのことは『王の二つの身体』という本がおもしろいです)。王様やらなんやらという絶対的権力の存在というのを認めないその手の政治的システムにおいては,すべての価値観を相対化した上で,ひとつひとつ構築しなおしていく必要があるわけです。まぁこのあたりは国によっては(ヨーロッパの人たちなんかもわりと),宗教という別の絶対的価値観にたよって解決したりもしてますけど。

j-tentenさんからいただいたコメントへのお返事が長くなりましたので,日記として切り出しました。コメントとトラックバック,どうもありがとうございます。
2004/06/15 (Tue.) 11:25:46
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2004年06月14日

どうして人を殺してはいけないか?

今日は朝から学校のネットワークが動きません。大学関係は妙にインフラが整っている割には,不調なときが多いというのは日本と同じです。日曜の朝からずっと,仕事ばかりしているのも気が滅入るので,日記でも書いています。

最近,ネット上で「どうして人を殺してはいけないか?」という話題を良く見かけます。これについて考えたことなど。

先の疑問文の答えとしてまっさきに思いつくのは,「法律で禁じられているから」。この方向をとると,問題は「法律で禁じられているのか?」というものに置き換わります。そして法律で禁じられていない殺人もある。地域や時代によっても違うけれど,いまならば戦争と堕胎などですかね。警察官の職務上,というのもありますが。この方向で考えていくとしたら,まずはこの例外を解決しなければならない。(しかし,戦争というのを規定しているのは,どんな法律だろう。国際法?)

もうひとつ思いつく答えとしては,「殺された人の関係者(家族)などが悲しむ。自分がされていやなことは,他人にしてはいけない」という相互的なもの。この場合も上で言う戦争などの問題は解決されていない。もちろん,「戦争というのは本当は悪いことなんだ(現状が間違っている)」ということは可能です。この場合は,法律を説明原理として使っているわけではないので,その法律自体の妥当性を問うことが可能になります。しかしこの答えだって不十分なもので,「なぜ食べるために動物を殺してもいいの?」というような疑問に答えることが必要になってきます。

上にあげた非常に「純真な」答えというのは,それ自体では説明しきれない部分もあるけれど,この問題を考える上のスタート地点としては悪くない。「どうして人を殺してはいけないか?」という問題に答えるために,「人を殺すことが容認されている場合がある」現状や,「人間以外なら(必要に応じて)殺しても良い」というこれはおそらく普遍的な原則などを説明する必要なわけです。ちなみに,後者に関しては動物愛護の人とかからみたらある種の異論はあるかもしれないけど,ライオンだって必要に応じてシマウマを殺すわけです。


とここまで書いて,長くなったのでいったん放置。続きはあるやらないやら。これから仕事にもどります。
2004/06/13 (Sun.) 11:02:33

Yuugata ni natte mo, network ga kaifuku shinai node, gakkou no pasokon kara koushin shite mimasi. Umaku dekiru ka na?
posted by mm at 05:13| 静岡 ????| Comment(4) | TrackBack(2) | ちょっと考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月12日

容貌

イタリア人の友人と話をしていて:彼らにとって東洋人の容貌の際立った特徴というのは「アーモンド型の瞳」ということだそうだ。そういえば吉本バナナの Tugumi (Tsu,ではなかった気がするんだけど)のイタリア語翻訳をやっている人が,「彼女の一重の切れ長の瞳」みたいなのをイタリア語訳するときに,苦労した結果「アーモンド型の瞳」と訳したという話を読んだことがある。イタリアだと一重・二重ってあまり気にしないし。

日本人から見た西欧人の特徴的な願望というのは,髪や瞳の色をのぞけば「高い鼻」「窪んだ眼窩」あたりかな。あまり目の形の違いって気にしませんよね。しかし過去にうんざりするほど西洋彫刻の石膏デッサンをやった経験があるので,この私の判断はあまり妥当でないのかもしれません。
2004/06/12 (Sat.) 11:42:21
posted by mm at 18:35| 静岡 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | イタリアって… | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どよーび

髪の毛をきりました。
posted by mm at 18:30| 静岡 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日あったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月10日

し〜ご〜と〜

仕事その2終了。最近は外に出てばかりだったので,いろいろと雑用がたまっています。良い天気。しまう前に毛布を干しました。気分転換に庭で勉強してきます。
2004/06/10 (Thu.) 10:56:20
posted by mm at 17:56| 静岡 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日あったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しーごとー

今日やらなければならない仕事のうち,一番つまらないものをおえました。これからもうちょっとおもしろいことをやります。ぶひ
2004/06/10 (Thu.) 09:25:20
posted by mm at 16:25| 静岡 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日あったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コーヒー・紅茶

風邪はすっかりよりなったので,早起き生活にもどして朝ごはんをたべてきました。
すこし前にこちらに留学している日本の人にあったのだけど,日本で住んでいたところが近所で,しかもお気に入りの喫茶店までいっしょだったというのでびっくりでした。その人は私がそこに引っ越す前に別のところに言ってしまったので,ばったり会う,ということはなかったのだけど。しかしこちらは,エスプレッソ以外のコーヒーが強烈にまずいです。まさかエスプレッソ用の豆を使っていれている,ということはないとおもうけど。唯一許容範囲なのは,朝食ででるコーヒーだけかもしれない。そして紅茶はどんなにちゃんとしたカフェに行っても,いつでもどこでもティーバッグです。以前アパートに住んでいたときは,郊外の大型スーパーでティーバッグではないお茶の葉を買いにいっていたのだけど,今の部屋はキッチンがないので自宅では入れられません。やっぱり品質を維持するためにはある程度の需要は必要なのだな,と納得してみたり。なんていうことをドイコーヒーのページを見ながら考えていました。さて,今日はひさしぶりに家でのんびり勉強です。
2004/06/10 (Thu.) 08:03:46
posted by mm at 15:04| 静岡 ?J| Comment(4) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月08日

いまさらながらの輸入版CD

輸入版CDに関する規制に関して,Webを見て勉強しました。付け焼刃の勉強なのですが私なりにヘンだな,と思うことは次のふたつでしょうか。あまり問題の全般的な姿を捉えたものとはいえませんので,興味のある方はいろいろと他のサイトを検索してみたりしてください。

1. この法律改正によって,誰が得をするのかが見えてこない。結局は音楽市場全体の縮小再生産になってしまうような気がします。もともとの問題の発端になった邦楽の逆輸入というのは,若干国内のレコード会社(といまも言うのかな)が得することはあるかもしれませんが,市場としてはわずかなものでしょうからこれを現時点で著作権法を改訂してまで是正する必要というのがあまり見えてきませんし,長い目で見ればマイナスのほうが多いような気がします。しかしこの複雑なシステムから最後に採算が取れる,と踏んでいる方面が存在するのかな。

2. どうしてこの問題を著作権法の一部として扱うのか。この問題に関しては,どう見てもいろいろな経済関連方面(へんないい方ですが)の思惑で進んでいるように感じます。著作権法というものじたい,もともとは(いまもそうですが)創作活動をしている人の権利を守ることで文化の発展を促すというもののはずですが,正規版の逆輸入禁止というのはまったくそれとは関係ないように思えます。正規版である以上,著作権者には正当な収入が入るのでしょうから。こういったある種一時的な問題を,原則として別のものを志向している著作権法ということで固定してしまうと,のちのち不具合がでてきそうな気がするのですが。国内の産業保護という目的を達成するためなら,むしろ輸入規制なりなんなりで対処する問題ではないかなと。

私はこういった法律関係の問題については,それほど「厳密な」考えを持っているわけではく,むしろ「どうしたら結果としてよくなるのか」という方面から考えているのだけど,そういった見方からはこの2点がとくに「?」です。保護されるべきものが保護されず,かといって誰も得をするわけではない,という不思議な現象のように感じます。

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Tarachkaさんからいただいたコメントに自分なりに考えたものです。ちょっと長くなって,コメントのお返事からずれるようなところもあるので,別に日記にすることにしました。
2004/06/08 (Tue.) 00:39:59
posted by mm at 07:47| 静岡 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | ちょっと考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おしゃべり

おしゃべりを終えてきました。なかなか好評みたいでよかった。しゃべっている最中は風邪のことはあまり気にならなくて,これはひょっとしてよくなっているのか,とか思いながらやっていましたが,終わってから立ち上がろうと思ったら,ちょっとふらっとした感じがあって,無理はいけないなぁと。最中はハイになっていたのですね。しかしまぁ,風邪引いてなくてもおしゃべりしたあとはいつもこんな感じか。たしかに90分しゃべることなんて,それほどないものな。などなど,ひとりで勝手に納得しております。
posted by mm at 02:07| 静岡 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日あったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月07日

ルル

90分のおしゃべりの前の息抜き(?)に,学校の計算機センターにきています。日記を書いているくらいで,準備自体はまったく大丈夫なんだけど(代わりにテープレコーダーがしゃべったっていいくらい),まだ抜けてない風邪の喉の痛みがしんぱいだな〜。今朝は熱は36.9度と微妙なところ。薬は飲んでます。ルッル〜。
posted by mm at 20:53| 静岡 ??| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日あったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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